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[新型コロナFactCheck] 東京都の感染者増 「五輪延期決定で検査抑制の必要がなくなった」は本当か?

[新型コロナFactCheck] 東京都の感染者増 「五輪延期決定で検査抑制の必要がなくなった」は本当か?

新型コロナウイルスについての日本の検査数は、各国と比べてかなり低いものとなっている。東京オリンピック・パラリンピックの開催が延期となった直後に、東京都で感染者が急増したことから、ネット上で、「延期の決定によって検査を抑制する必要が無くなったから」といった言説が拡散した。その真偽を様々な観点から詳細に調べたが、根拠は不明だった。(立岩陽一郎)

チェック対象
五輪延期決定で検査を抑制する必要がなくなった。これまで政権は検査をせずに感染者を少なく作っていたが、もうその必要なし。そのとたん東京で急に陽性が増えた。つまり検査をするなと言う官邸の命令は昨日からじゃんじゃんやれに変わったのだ。
(Twitter、2020年3月25日投稿)
結論
【根拠不明】3月24日にオリパラの延期が正式に決まったが、東京都が検査体制の強化に乗り出したのは2月末。東京都においてオリパラの延期と検査数の増加との間に因果関係を認めるのは困難だ。

検証

東京オリンピック・パラリンピック(以下、オリパラ)の延期が決定したのは3月24日の夜。その翌日に東京都の感染者数が41人となり、3日連続で40人台を記録するなどした。それまでは一桁か10人台だったことを考えると、数倍に増えたことになる。このため、対象言説のような「東京都の新規陽性患者が増えたのは五輪延期決定で検査を抑制する必要がなくなったから」といった情報が拡散されるようになった(上記ツイッター投稿は、4800リツイート以上)。鳩山由紀夫元総理やタレントのラサール石井氏などもそうした発信を行っている。

これは事実なのかを見る際に、注意しなければいけないことがある。先ず、今回の五輪延期の中止を決めた日本側の責任者は安倍総理だということだ。もちろん、延期を決定するのはIOCだが、今回の延期は総理官邸でのIOCのバッハ会長との電話会談によって決まるなど、安倍総理の主導で行われている。

つまり、オリパラは国の政策であり、仮に、対象言説のような事実があるとすれば、その指示は全国的なものでなければならない。もう1つは、感染者数=検査の結果陽性だった数とは、検査の結果でしかないということ。つまり、そこに政府の作為を認めるには、検査数の変化を見る必要がある。

全国の検査数の推移に大きな変化は見られず

厚生労働省のwebサイト「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について」をもとに各日の検査人数と陽性者数の推移を下図にまとめた。

全国の検査数と感染者数の推移
新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料に基づき作成

データを見ると、陽性者は日ごとに増加しており、3月26日に90人を超えて28日には100人を超えているが、繰り返しになるが、これはあくまでも検査の結果でしかない。政府が作為的な関与が可能である検査数に関してみると、24日は3862人となっているが、その規模での検査は過去にも行われていることがわかる。ちなみに、25日の「-918」とは、1人の人間に対して複数回検査を行ったものをすべてカウントした状況が報告されるミスがわかり、差し引かれたものだ。

そして26日が1592人、27日は1805人、28日が1442人と比較的多い検査数となるが、29日、30日は200人台に急激に落ちている。また、データから、3月4日にも3835人の検査が行われていることがわかる。

厚生労働省で新型コロナウイルスの問題を担当している結核感染症課は取材に対して、

「陽性者(感染者)が増えていることから濃厚接触者に対する検査数が増えている可能性はあるが、厚生労働省として東京オリンピックのために検査数を抑制していたという事実はない」

と話した。 言説にある「検査をするなという官邸からの命令はきのう(3月24日)からじゃんじゃんやれに変った」という点も否定した。

急増が見られた東京都の検査数

次に、この拡散情報の原因となった東京都のコロナウイルス各日検査数と数の感染者数(陽性者)のデータを確認してみた。

東京都の検査数と感染者数の推移
東京都新型コロナウイルス対策サイトに基づき作成

感染者が40人台に突入した25日以降、検査数が増えていることがわかる。3月28日は過去最高の244人、3月29日はそれを上回る331人となっている。

実は、東京都での検査能力は、2月28日に、それまで独占的に検査を行っていた東京都健康安全研究センターの1日あたり120件に加えて、民間検査機関でも1日100件できるように強化されている。更に、3月23日には、東京健康安全研究センターの検査体制を1日240件に強化し民間での検査も含めて1日あたり340件に拡充されている。

3月24日にオリパラの延期が正式に決まったが、東京都が検査体制の強化に乗り出したのは2月末ということになる。実際のところ、オリパラの延期がいつの段階で議論され始めたのかは明確ではないという点には留意が必要だが、それを考慮しても、東京都においても、オリパラ延期と検査数の増加との間に因果関係を認めるのは困難だと言える。

結論

以上のことを総合すると、対象言説を事実だと認める根拠は見いだせない。オリパラ延期と検査数の増加との因果関係を「誤り」と断言するほど政府、東京都が説明しているとは言えないが、この対象言説を事実と認める証拠もない。よって、この言説については「根拠不明」と判定した。

※この記事の調査には、FIJのリサーチャーである常松英恵氏が協力した。

【視点】 オリパラと検査数を関連付ける言説が拡散した背景

オリパラと検査数を関連付ける言説が拡散する背景には、日本政府が検査数を抑制してきたという事実がある。

日本のPCR検査数は4月9日現在で94,3127件(空港検疫などを含む)。一方、アメリカは4月8日現在で既に2,189,766件となっている。イタリアは755,445件(4/7現在)、ドイツは918,460件、韓国は486,440件となっている。

つまり、日本はけた違いに検査数が少ないことになる。このため、4月3日にはアメリカ大使館が「広範な検査を実施しない日本政府の決定は、感染率を正しく評価することを困難にしている」との通知を在日アメリカ人に向けて行い、早期の帰国を促す事態ともなっている(Health Alert – U.S. Embassy Tokyo (April 3, 2020))。

これについて日本政府は、検査数を抑制することで人々が病院に押しかける事態が避けられ、その結果、医療崩壊を回避することができたとしている。

実は、当初の政府の方針では、検査数の抑制ということは強調されていない。むしろ逆だ。政府が新型コロナウイルス対策を本格化させるのは2月14日に専門家会議を立ち上げてからと言えるが、その立ち上げの事前会議となった前日、2月13日の緊急対策で決められた方針では、「病原体等の迅速な検査体制の強化等」と題して、「全国に83ある地方衛生研究所の概ね全てでリアルタイムのPCR検査を実施可能とすることを目指す。また、大学や民間検査機関への外部委託も活用するとともに、検査用試薬が不足することのないよう所要の予算を確保する」としている。

ところで、この同じ方針の中に、「2020年東京オリンピック競技大会、東京パラリンピック競技大会に向けた準備に万全を尽くす」とも記されている。これを根拠にオリパラと新型コロナを関連付けて議論することはできないが、全く別の議論だったと断言することもできない。

そして2月25日の基本方針では、「感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていくべきである」となる。つまり、13日で記された「検査体制の強化」から「クラスター対策」による集団感染の解明に重点が移行している。それは同時に、検査数の抑制につながる。

これについて政府の専門家会議はメディアなどで、検査数を抑制することで人々が病院に押しかける事態が避けられ、その結果、医療崩壊を回避することができたと説明している。つまり、医療崩壊を招かないために検査数を抑制してきたという説明だ。しかし、大規模な検査が行われているドイツや韓国で医療崩壊が起きているという報告は無い。

こうした中で、東京都で検査数が増えたタイミングがオリパラの延期と微妙に重なったことが、対象言説が拡散した素地だったと考えられる。

(立岩陽一郎)

(冒頭写真は、東京五輪(オリパラ)延期決定の翌日、記者会見をする小池百合子東京都知事=2020年3月25日、東京都YouTubeより)

INFACTはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、INFACTのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。FIJ編集委員会でガイドラインを満たすと判断されると、こちらのページにも掲載されます
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