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【コロナの時代】感染爆発都市NYと新型コロナとの戦い① いつでも何回でも受けられる検査が感染者を減らした

【コロナの時代】感染爆発都市NYと新型コロナとの戦い① いつでも何回でも受けられる検査が感染者を減らした

2月末に最初の新型コロナ感染者が出たニューヨーク州は、4月半ばにかけて感染のピークを迎えた。その中心となったニューヨーク市では、1日あたりの新規感染者数が実に6000人を超え、毎日1000人以上が命を落としていた。銃弾が飛び交っているわけでもなく、店には食料品もあふれていたが、マンハッタンから人の姿は消え、死亡者数のカウンターが毎日着実に数を増やしていた。

ほんの数か月前まで、ニューヨークは確かに「奇妙な戦争」のただなかにあった。 それが、今ではどうだろう。ニューヨーク市の1日の新規感染は100人弱にまで大きく減少した。見わたすかぎり閑散としていた道路にも車の列が現れ、舗道には人が帰ってきた。すぐに以前の状態へ戻れると期待する声はないが、ともかく最悪の状況は脱した。多くの人がそう思っている。感染爆発から復活しつつあるニューヨークの最新状況を伝える。(文、写真ともに池純一郎)

予約なしに行った検査所

「あれ、こんなに空いているの?」

検査を受けるためマスク姿で手近な検査場所に着いたとき、まずそう思った。何度か訪れたことのある民間の診療施設「City MD」だ。毎日、数万人規模の検査を続けているニューヨーク。ここもきっと混雑していると想像していたが、誰も並んでいない。

ここで検査が誰でも予約なしに受けられる

City MDは州政府と連携して検査を行う施設のひとつだ。日本の病院の近くにある薬局のような規模だろうか。国民皆保険制度のある日本と異なりアメリカでは治療・診断が時としてきわめて高額になるため、一般市民への安価な医療サービス提供を目的として10年前に設立された民間運営の医療施設である。ニューヨーク市や対岸のニュージャージー州の一部に120ほどの診療拠点をもっている。

検査申込みの手続きにも、特別なことは何もなかった。窓口でPCR検査と抗体検査の両方を受けたいと口頭で伝える。それだけだった。

待合室で腰かけようとする間もなく名前を呼ばれた。

ニューヨークの感染者数の目を見張るほどの急減ぶりには、さまざまな要因が指摘されている。まず指摘されるのは感染検査だ。ニューヨーク州全体では、8月上旬の時点で1日に8万件を超すPCR検査が実施されている。州の人口は約1950万人。これまでに検査を受けた人の数は8月15日の段階で690万人にのぼっている。

PCR検査と抗体検査合わせて30分弱で終わった

ニューヨークでも日本と同様に、PCR検査を中心とする遺伝子分析と、採血による抗体検査の2種類が実施されている。

私は感染者特有の症状があったわけではない。感染者と濃厚接触が疑われるわけでもない。ニューヨークの州民は、無症状であっても希望すれば検査を受けることができる。私が訪れた施設のような州政府の指定機関で検査を受ければ料金はかからない。医療従事者や治安関係者、また高齢者は、不安があれば無料で何度でも検査可能だ。

処置室に通された。看護師が服用中の薬や病歴を尋ね、端末に入力してゆく。血中酸素濃度を計測する装置を指にはめ、上腕に血圧測定のベルトを巻く。するすると手続きが完了し、看護師が出てゆくと、入れ替わりに、まずPCR検査のため女性の医師がにこやかな表情で入ってきた。マスクはつけていたが、フェイスガードはつけていなかった。

「おはようございます。準備はいいですか?」

医師が滅菌袋から取り出した綿棒は、ふだん目にする綿棒の2倍ほどの長さだろうか。指示されるままマスクを外すと、医師は両方の鼻孔にすばやく綿棒を差し込んで抜き去った。違和感というほどの違和感を感じる暇もなかった。

面白いと感じたのは医師の立ち位置だ。私の右側に立って処置を行った。マスクしかしていなかったが、これなら仮に私が咳き込むなどした時にも正面から飛沫を受けることはない。

医師が出て行くと、今度は抗体検査のため看護師が男女二人組で入ってきた。採血の準備をするやりとりを聞いていると、男性の看護師はどうやら見習いで、注射針を患者に刺すのもほとんど初体験に近いらしい。きけば検査件数が急増したため、経験の少ないスタッフでも採血ができるよう特訓中なのだという。動揺させると思ったのか、ベテランの女性看護師が私に向かって笑いながら言った。

「絶望的な手術のときみたいに手を握ってあげましょうか?」

軽口を交わしている間に、これもあっさり終了してしまった。

処置が終わり、窓口へ戻って結果を本人に通知するためのメールアドレスを登録した。これですべて終了だった。PCR検査、抗体検査の全てが終わった。ここまで、30分もかかっていない。

窓口で手続きを済ませ、待合室に来ていた男性に声をかけてみた。イアンという60代半ばの男性で、近くのイタリアン・レストランでウェイターとして働いているという。

「店の営業が再開して働く場所ができたのはいいんだけど、毎日いろんなお客が来るからね。もちろんマスクも手袋もするし店内は徹底して消毒するんだが、やっぱり感染しないか心配でね」。

なるほど、ロックダウンを経て経済が再起動し始めると不安を抱く人が増えてきても不思議はない。イアンはこれが3度目の検査だという。

「この年齢になって鼻の奥をかきまわされるなんてと思ってたけど、意外に大したことなかったね」。

まったく同感だ。 驚くのは、検査に際してパスポートなど身元を確認するものを提示する必要がいっさいないことだ。ニューヨーク州内に居住する人ならば、移民であっても、滞在資格がどうあろうと無料で検査を受けることができるということだ。

アメリカには無保険の市民も多いが、この検査に関するかぎり保険加入の有無も問われない。最近の海外渡航歴や症状の有無などを確認されることもない。ふらりと入っていって、希望を伝え、検査を受けるだけだった。念のため持参したクレジットカードも、一度も取り出さないままだった。

州の保健当局は、この検査を受けるようあらゆるチャンネルを通じて市民に呼びかけている。「ブラック・ライヴズ・マター」の抗議デモがさかんに行われたときには、デモの参加者へ優先的に検査を受けさせる措置も取られたという。

市内の各地で検査を受けられる。その場所は公表されている。

増強される感染追跡チーム

さて検査が済んだあとは、どうなるのか。抗体検査は短時間で分析が完了するため、さっそく翌日にはCityMDウェブサイトにログインして結果を確認できた。

「Negative」と出ていた。陰性だ。陽性であればPositiveと出る。

結果を表示する画面。VALUE=NAGATIVE(陰性)と表示されている

PCR検査の場合、City MD などで採取されたデータを州内に点在する医学・感染症関連の研究所へ送られてからの分析となる。だから抗体検査のように翌日にはわかるというわけではない。

6月上旬ごろまでは数日で結果が出ていたが、最近では検査件数が急増したためCityMDでは「最低7日・平均で10日かかる」と周知するようになっている。

ここでもし陽性だった場合にどうなるのか?州の感染追跡チーム(Trace Corps)による追跡作業が始まる。

症状にもよるが、このチームが感染者に対して、まずは自宅やホテルでの自主隔離を要請する。そして同時に感染者が接触した人々を個別に確認・追跡し、検査や自主隔離をうながす。

検査を受けるよう呼びかけるNY市の広報

この間、感染者と連絡を取りつづけて隔離状況と容態をモニターし、もし容態が変化すれば病院での診察をアレンジする。感染者がひとり暮らしの場合は、地域のボランティアと連携して食料品などの手配にも協力し、メンタルケアの専門家につなぐこともある。追跡チームのメンバーは1人で15人ほどの感染者を担当し、多くは自宅から感染者に連絡するのだという。ここで得た感染者のデータが集計され、州の感染対策に反映されてゆく仕組みだ。

感染拡大がおさまりマーケットにも人々の姿が見られるようになった(8月5日)

公式サイトでは、こうした追跡の対象になった場合でも「在留資格に悪影響を及ぼすことは決してない」と繰り返しことわっている。仮に陽性になって国外退去のような不利益をこうむることがあると、移民・外国人は誰も検査に協力しなくなるからだ。

この感染追跡チームは、州政府が5月に約3000人の医療専門家などを新規に雇用して発足させた。感染拡大が止まらない中で構築された、このような検査と追跡のネットワークが現在のニューヨーク州の感染対策の大きな柱である。

当然ながらニューヨークに初めから整った検査・追跡体制があったわけではない。PCR検査についていえば、3月上旬の段階で、ニューヨーク州の検査件数の上限は1日で数千件にすぎなかった。

PCR検査には高額な医療機器も、訓練を受けたスタッフも必要だ。なぜわずかな期間で、1日に8万件を超す大規模な検査体制を構築できたのだろうか。そこには、問題はないのだろうか。次回はそれらに迫る。

(つづく)

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