インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

[FactCheck] 「大阪市分割でコスト218億円増」報道は根拠不明 基準財政需要額は実際の行政コストと連動せず

[FactCheck] 「大阪市分割でコスト218億円増」報道は根拠不明 基準財政需要額は実際の行政コストと連動せず

大阪市を廃止して特別区に再編する、いわゆる「大阪都構想」をめぐる住民投票が間近に迫る中、毎日新聞が「大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算」と報じた。だが、この試算で用いられた「基準財政需要額」は、地方交付税の算定のための指標にすぎず、各自治体の行政実態を反映したコストを示したものではないとのことだ。(楊井人文)<文末に追記あり>

チェック対象
大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算
(毎日新聞2020年10月26日付夕刊1面もしくは27日付朝刊1面、ニュースサイト
結論
【根拠不明】 「218億円」は特別区再編を前提とした試算ではない。特別区再編を前提に「200億円程度」と報じた部分も、実際の行政コストと無関係に算定される「基準財政需要額」をベースにしているほかは、明確な根拠が示されていない。

報道された「基準財政需要額」は実際の行政コストとは関係がない

毎日新聞の記事は10月26日のニュースサイトで配信され、SNS上でかなり拡散している。同日の大阪本社版夕刊1面トップ(地域によって翌日の朝刊1面)で掲載された。記事の冒頭、次のように書かれている。

 大阪市を四つの自治体に分割した場合、標準的な行政サービスを実施するために毎年必要なコスト「基準財政需要額」の合計が、現在よりも約218億円増えることが市財政局の試算で明らかになった。人口を4等分した条件での試算だが、結果が表面化するのは初めて。一方、市を4特別区に再編する「大阪都構想」での収入合計は市単体と変わらず、行政コストが同様に増えれば特別区の収支悪化が予想される。特別区の財政は11月1日投開票の住民投票でも大きな争点で、判断材料になりそうだ。

まず注意を要するのが、大阪市財政局が試算で示したのは「基準財政需要額」というものだ。毎日新聞は、この「基準財政需要額」の試算が住民投票の「判断材料になりそうだ」と書いているが、本当に、この試算から特別区に再編された場合の行政コストを推定することは可能なのだろうか。

結論から言うと、この「基準財政需要額」は、大阪市を4分割した場合の「実際に発生が見込まれる行政コスト」ではない

「基準財政需要額」というのは、実際の行政コストとは異なるものだ。総務省が地方交付税を自治体に支払う額を算定する際の指標の一つで、「各地方団体の財政需要を合理的に測定するために(…)算定した額」(地方交付税法第2条第3号)。総務省はホームページに掲載した資料で、次のように説明している。

 基準財政需要額は、各地方団体の支出の実績(決算額)でもなければ、実際に支出しようとする額(予算額) でもない。
地方交付税は、各地方団体の財源不足額を衡平に補塡することを目途として交付されるものであるから、仮に具体的な実績をその財政需要の算定に用いることとすれば、個別の事情や独自の判断に基づいて行われるものを取り入れることになり、不公平な結果をもたらすことになる。
したがって、基準財政需要額は、地方団体における個々具体的な財政支出の実態を捨象して、その地方団体の自然的・地理的・社会的諸条件に対応する合理的でかつ妥当な水準における財政需要として算定される。
(注:太字は引用者)

このように、各自治体の具体的な財政支出の実態を捨象(無視)して算出されるものだ(こちらも参照)。「基準財政需要額」を所管する総務省自治財政局交付税課の担当者に確認したところ、「予算額でも決算額でもなく、実際の各自治体の財政需要額(行政コスト)とも連動性はない」と説明した。「行政効率が良い自治体であれば実際の行政コストは基準財政需要額を下回ることもあるし、行政効率が悪い自治体であれば逆に基準財政需要額を上回ることもある」という。

また、同担当者によると、「基準財政需要額」は、毎年度、各自治体の大量の統計データに基づいて算定している。特別区再編が実現したとしても、実施される5年後(2025年=令和7年)には様々なデータが変動しているため、「厳密な算定は不可能で、算定するとしても仮定的なものでしかない」と指摘した。

そうすると、「基準財政需要額」に基づいて特別区再編後の大阪市域に発生する行政コストを推定することはできないのではないか。この点を総務省の同担当者に尋ねてみたが、「立場上コメントを控える」とのことだった。

記事が報じた「約200億円」の根拠は?

毎日新聞の報道でもう一つ注意を要するのが、報じられたのは「大阪市を四つの自治体(市)に分割した場合」の試算であって、「特別区に分割した場合」の試算ではない、という点だ。記事の文末で、次のように書かれている。

 特別区の交付税は、地方交付税法や都構想の根拠法となる大都市地域特別区設置法に基づいて、4特別区を一つの市町村とみなして計算する。このため交付税の合計は現在の大阪市と変わらず、行政コストだけが増加することになる。制度案では、消防などの事務が府に移管されるため、行政コストの差額は218億円からは縮小し、最終的には200億円程度になるとみられる。
 市財政局の担当者は「都構想の4特別区の行政コストが今回の試算と同額になるとは限らないが、デメリットの一つの目安になる。財源不足が生じれば、行政サービスの低下につながる恐れもある」と説明している。(注:太字は引用者)

要するに、見出しやリードで書かれた「218億円」という試算額は、大阪市を単純に4つの自治体に分割したことを仮定したもので、4つの特別区に再編したことを前提としたものではない。毎日新聞はニュースサイトで当初、見出しとリード以外の本文を有料記事としていたが、記事公開から2日後、「誤解を招かないよう、全文を公開」したという。記事の最後まで読まなければ、218億円が4つの特別区に再編した前提の試算ではないことが分からないためだ。

今回の住民投票で問題となるのは「4つの特別区に再編した場合の行政コスト」だが、毎日新聞は「最終的には200億円程度になるとみられる」と書いている。だが、その根拠は明確に示されていない。そこで、インファクトは毎日新聞に対し、特別区再編後の行政コストが「200億円程度」になると報じた根拠について広報担当を通じて質問したが、明確な回答は返ってこなかった(報道内容については「正確な取材に基づき記事化しております」とだけコメントがあった)。

報道を受けて、大阪市は10月27日、副首都推進局と財政局の連名で「単純に大阪市を4つの政令市に分割する簡略な方式で試算したもので、事務分担など今回の特別区の制度設計の内容に基づいたものではありません」とのコメントを発表した(追記:29日夜に削除されたとみられる。アーカイブ)。

同様の報道は、朝日新聞NHKも行った。朝日新聞は当初の記事で「大阪都構想で大阪市を廃止して特別区に再編した場合」の試算として報じたのは間違いだったとして、一部訂正を出した。NHKは大阪市の見解を続報している。毎日新聞は、大阪市が出したコメントを続報していないとみられる(29日現在)。

推進派の松井一郎・大阪維新の会代表(大阪府知事)らは「誤報だ」と強く反発している。他方、反対派の中には、毎日新聞の記事を留保をつけず、無批判にSNSでシェア、拡散している著名人も少なくない。

ニュースサイトで一時アクセスランキングトップになった記事。当初無料で読めるのは冒頭のリードまでだった(2020年10月26日9時15分ごろのスクリーンショット

大阪市が算出した行政コストは?

大阪市が報道を受けて出したコメントには、実際の行政コストについて「特別区制度案や財政シミュレーションにおいて実態に即して積算のうえ示しており、これに基づき、特別区設置協定書も作成されています」と記されている。これについて大阪市副首都推進局に確認したところ、8月11日更新版の「特別区設置における財政シミュレーション」などで算定・公表されたものを指していることがわかった(簡易な説明は、大阪市ホームページの「大阪における特別区の制度設計」参照のこと)。

大阪市ホームページ、特別区制度(案)「13 特別区設置に伴うコスト」より

具体的には、イニシャルコスト(最初にだけ発生する初期費用)が241億円、ランニングコスト(毎年発生する費用)が年30億円(大阪府に発生するコストも含めた合計。大阪市域4特別区に限ると、初期費用204億円+毎年14億円)。

これに加えて、人件費は、再編後15年間で大阪府は計189億円減(年平均12.6億円減)、4特別区は121億円増(年平均8億円増)が見込まれるとしている(財政シミュレーション28頁、31頁の「組織体制の影響額Cの内訳」参照)。

つまり、大阪市が公式に算定したシミュレーションに基づいて、再編後15年間の初期費用・ランニングコストを合計すると、次のようになる(大阪府のコスト増も含む)。

241億円(初期)+30億円×15年+121億円ー189億円=623億円
623億円÷15年間=約41.5億円

これは大阪府のコストも含めた数値であるが、4特別区に限って15年間の年平均額を計算してみると約35.6億円となる。いずれにしても、毎日新聞が報じた(年間)「約200億円」とは大きく乖離している。

インファクトの取材に応じた大阪市副首都推進局財政調整担当の芦原課長は、毎日新聞が報じた「約200億円」の算定方法は不明だとしつつ、「試算された基準財政需要額から(府に移譲される)消防のコストを引いただけとすれば単純すぎるのではないか。他の要素が無視されている」と疑問視。大阪市が公表している行政コスト算定額とは、全く異なるとの認識を示した。

もちろん事実上の推進派とも言える「大阪市副首都推進局」が算出したもので、これが絶対というものではない。「財政シミュレーションには、全特別区で「収支不足が発生しない」と記載されておりますが、このことは、明らかに市民を欺くもの」といった批判もある(反対派の川嶋広稔市議=自民党=。毎日新聞参照)。自民党市議団は、15年間の行政コストは約1340億円(年平均換算で約89億円)に上ると主張している(追記:この「1340億円」については産経新聞のファクトチェックも参考にされたい)。

そもそも行政コストの算定の仕方は複数あり得るし、将来の変動的な要素もあるため、唯一の正解はないだろう。だが、大阪市の資料には、行政コストの算定方法について詳しく説明があり、一定の合理的根拠は示されている。一方、毎日新聞の「(年)200億円程度」という報道は、実際の行政コストと無関係に算定される「基準財政需要額」をベースにしているほかは、具体的な根拠が示されていない。

【追記】
本記事配信後、毎日新聞の報道のもとになった「基準財政需要額」の試算について、大阪市財政局長が29日夕方から行われた記者会見で、誤った内容だったと撤回し、謝罪したと報じられた(朝日新聞毎日新聞など)。大阪市財政局ホームページにも、試算結果は「実際に有り得ないもの」だったと説明し、「財政局が誤った考え方に基づき試算した数値が様々に報道されたことにより、市民の皆様に誤解と混乱を招く結果になりました。まことに申し訳なく深くお詫びいたします」と謝罪した。

なお、このファクトチェック記事で、当初「基準財政需要額」と書くべきところ、一部箇所に誤記があり、修正しました。(2020/10/30 02:15)

結論

毎日新聞の報道は、大阪市の特別区再編により「(毎年)218億円」の行政コストが発生する試算されたとの誤解を与える可能性が高い。実際は、これが特別区再編にかかる試算ではないことは、記事をかなり慎重に読まなければならず、分かりにくい。

他方、特別区再編にかかる行政コストが「(年)200億円程度とみられる」という部分は、実際の行政コストと無関係に算定される「基準財政需要額」をベースにしているほかは、明確な根拠が示されていない。特別区再編で一定の行政コストが発生すること自体は大阪市も認めているところであるが、大阪市が詳細な方法で算出、公表した金額との乖離も大きい。

よって、「大阪市4分割ならコスト218億円増」との報道は「根拠不明」と判定した。今後、毎日新聞が続報等で「200億円程度」の根拠が具体的に示されれば、追記する。

Return Top