インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

【コロナの時代】菅総理会見の裏で起きている事実

【コロナの時代】菅総理会見の裏で起きている事実

5月28日の菅総理の会見。従来の質疑に比べて意味の有る内容だった。InFactは安倍総理当時の記者会見を問題を指摘してきたが、その頃に比べればマシになってはいるという印象だ。しかし、問題が無いかと言えば、それは違う。日本のリーダーの記者会見としては、依然としておかしなものとなっている。参加できる記者数を特定の社以外について厳しく制限しているのだ。(写真、文/立岩陽一郎)

私の元に届けられた文書。次の様に書かれている。

「現在、首相会見の記者席は29席に限定されています。常勤幹事社(19社)以外の加盟社は、10席の枠の中から抽選で1社か2社だけが参加できます。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象となる地域の地方紙が、首相に直接質問をする機会が大きく制約されているのが現状です」。

表題は「菅義偉首相の記者会見のあり方に関する要請」。

日付は2021年5月27日。内閣記者会の幹事社である共同通信と東京新聞からとなっている。宛名は「内閣広報官 小野日子 様」と「官邸報道室長 富永健嗣 様」だ。つまり俗に官邸記者クラブと呼ばれる内閣記者会から官邸に出された要望書だ。

総理会見は新聞、通信、テレビの政治部記者が加盟する内閣記者会が主催。安倍総理の頃から記者会見の形骸化が顕著となり想定問答を総理と記者が演じる「儀式」との批判が出た。その後、記者会に加盟していないフリーランスの記者にも質問の機会が与えられるなど限定的な改革も行われた。

これまでもこの「コロナの時代」で指摘してきたが、記者会見とは、市民の負託を受けた報道機関が政策決定者に質すべき点を質す場だ。メディアを敵視したアメリカのトランプ大統領でさえ、記者会見は自由に行っていた。安倍総理の記者会見はそうではなかった。

では、菅総理の会見はどうなっているのか?それを指摘するのが、前掲文書が指摘する「記者席は29席に限定」だ。どういうことか。「常勤幹事社(19社)」とは全国紙、ブロック紙、通信社、NHK、テレビの民放キー局のことだ。そこが29席のうちの19席を占め、残りの10席を地方紙やテレビの地方局、そしてフリーランスの記者で抽選するということだ。1社につき記者一人となっている。この措置は新型コロナの感染対策として安倍総理の時にとられたものだが、もともと官房長官だった菅総理が官房長官会見で導入したものだ。菅総理肝入りの対策と言って良い。

文書は次の様に求めている。

「内閣記者会として感染対策の重要性は認識した上で、首相会見への参加条件と会見の人数制限に関して、現行の規制の撤廃や緩和など、対応していただくことを要請します」。

官邸への要請文(筆者撮影)

この記者会見では挙手する記者は質問以外に声を出すことが認められていない。そしてマスクをつけた記者がスタンドマイクに進んで行って質問を行う。記者同士が話す場面も無く、壇上に並ぶ政府高官に比べても互いの距離は十分過ぎるものだ。今の形であれば、記者席を仮に倍にしても感染の危険が急激に高まるとは思えない。

加えて問題なのは、質問する記者の固定だ。多くが東京に本社を置く大手メディアの政治部記者だ。緊急事態宣言は全国で発令され、その影響は地方で極めて大きなものとなっている。ところが、地方紙や地方局の質問が制限される結果となっている。

実は1社記者一人という制限も、自由な記者会見を妨げる要素となっている。各社、政治部の官邸を取材している記者のみが質問に立つ。身内意識という批判も消えない。そうした記者の質問が、どれだけ民意を反映させたものになっているかは疑問だ。

例えば、緊急事態宣言の記者会見でNHKの記者が冒頭から日米首脳会談について質問することがあった。解散について質問が出ることも有る。政治部記者としては当然の質問が、市民感覚、特に感染対策を知りたい地方の人々の感覚とはかけ離れるものとなる。

5月28日の総理会見でも、文書が求めた変化は見られなかった。実はこの日、内閣官房から文書への回答が出ている。これがその回答だ。

「政府においては、引き続き新型コロナウイルス感染拡大の防止を呼び掛けており、総理大臣官邸においても、いわゆる「3つの密」の回避などの対策を講じているところです。

 今後も引き続き、官邸における感染防止対策の徹底を図っていくこととしており、記者会見室の人数制限等の運用にご協力をお願いします」。

内閣府からの回答(筆者撮影)

この回答に納得する人もいるかもしれない。特に、首都圏に住む人は「何が問題だ?」と思うかもしれない。しかし筆者も含めて地方に住んでいる人間にとっては、そうは受け取れない。更に説明する前に、官邸からの回答についての地方紙記者の言葉を紹介したい。

「(メディアが)官邸になめられている。記者の側で一致できてないことが見透かされている」。

どういうことか?冒頭の文書は実は、内閣記者会が一致して出したものではないのだ。提出が幹事社名となっている点に注意して欲しい。

文書作成の原動力となったのは京都新聞、信濃毎日新聞、熊本日日新聞、神戸新聞、琉球新報、沖縄タイムスなどの地方紙18社だ。兵庫、京都、沖縄では緊急事態宣言が延長されていることは言うまでもない。ところが、全国紙、テレビ局を中心とした常勤幹事社での議論で、意見が割れたという。

「(常勤幹事社のうち)新聞社は概ね賛成でしたが、テレビ局から異論が出ました」。

勿論、異論の理由は感染防止だ。ただし、感染防止に努める中でどれだけ参加者を増やせるかといった議論は無かったという。その結果、記者会一致での要請が見送られ、幹事社名による提出に終わったという。

まさに、官邸側に「見透かされている」要請となったということだ。その結果、常勤幹事社の19社は5月28日も全社が会見に出ており、外の新聞、テレビの記者及びフリーランスは残りの10席をめぐって抽選となった。因みに、内閣記者会には151社が加盟している。

Return Top